女に来歴はない

夫が住む2LDKにわたしが一緒に住むことになった日
2トントラックで雨の日にお引越し
これから住む家よ・・・・と入った部屋は
家具の山
書籍の山
ごっついソファーセットに
よろいかぶとの飾り物たち・・・・

夫ひとりが住んでいた頃となにひとつ変わりない部屋で
夫は
 「きみが お鍋ひとつ持って ぼくの家に来てくれた・・・」
って 喜んだけど

わたしは鍋だけを持ってきたわけではない
わたしは来歴も学歴も職歴も持ってきた
引っ越しの多かった幼少期
女の子のアイドルに惹かれた日々
元の彼氏のトイレには痔のくすり
モノクロームの大学生活
わたしは影を後ろに引き連れて持ってきた
だけど
嫁には来歴はないのだ
わーい わーい うれしいな
ぽーんと嫁が やってきた
孤独な嫁が やってきた
まっしろな嫁が やってきた
鍋ひとつ下げて やってきた
   ・・・家庭はね 嫁さんに何もかもまかせたほうが 上手く行くのさ わかっているのさ・・・・
影のない嫁が やってきた
身軽な嫁が やってきた
何もかも捨てて やってきた
鍋ひとつ下げて やってきた・・・・

・・・・わかったから  早 く 片 付 け ィ !!



そして 非常勤ではたらく人間にも来歴がない

それはたった昨年のこと・・・
この世界では有名だがわたしと面識はない 
かなり遠くの大学の教授のA先生の著書(S出版)が とても面白かった
S出版社には知り合いもいるので
 「A先生のあの本 すごく面白かったです~~~!!」
って伝えたら
 A  先 生 か ら 電 話 が 来 た !

  「松岡先生っ! 
    俺のプロジェクトで 2年間 いっしょに調査してくれませんか。」

ま まぁっ・・・・なんという お申し出でしょう・・・・
頬が熱くなるわ・・・

う うれしい・・・でも・・・・

 「博士号取らせてあげるよ~
  
     助教のポストに就かせてあげるよ~」

・・・あ ありがたいこと・・・なんだが・・・・
わたしは非常勤というか フリーランスで 地域のなかで あれやこれやの仕事をやり続けて・・・・
あれやこれや なんだが・・・・

  「・・・先生 俺を助けて!

・・A先生 わたしのいうこと聴いてないでしょ!
あんなに有名な この世界をリードする先生なのに・・・
おまけに声のかっこいい A先生なのに・・・

なんか こんな年になって 声をかけていただくなんて
プロポーズされているみたいで キュンとしたことは事実だが・・・・

が・・・
やっぱり 地域のなかで 自分ひとりで動いているわけではないので
A先生のもとへ行くことは
なかった・・・・

そして わかった
非常勤には来歴はないのだった
職歴の積み重ねとは 
活動の積み重ね ではなく
しかるべき機関に所属した事実 なのかもしれない

だけど それがないわたしでも 愛される予感があった・・・・
教授のかわいい 身軽な駒として 期限付きで 愛される予感が
あった・・・

いいお話だったのかなあ・・・・
・・・A先生を思いながら マスターベーションでもするか!




そして駅員にも来歴はない

駅員は駅で生まれ
駅員は駅で消滅する

子どもがシャボン玉で遊んでいる祝日の駅のホームで
駅員は駅員を生きているのではない
駅員は駅員として生かされている
受身形の身体だからまっすぐに背筋は伸びて
駅員の指がシャボン玉に触れる
さっき
ロッカールームで青いシャツのボタンをはめたとき
胸筋が駅員へと変わる音をたてた
スラックスに脚を通すとき
ハムストリングスが歌いだした
駅員の歌を 歌いだした

身軽な駅員はくるくる踊って屋根まで飛んで
ときどき板のように薄くなるのが駅員
ときどき地面に影を写さないのが駅員
ときどき空間を100メートルくらい瞬間移動するのが駅員
駅員の身体は 拡大し 色を薄め
はじけて消えては
また生まれるの

・・・・どこから来て どこへ行くの?

駅員に来歴はない
明日は このコンクリートのステージに
誰か が
ほかの 駅員と呼ばれる
青いシャツの
誰か が